徳島での義経

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 小松島市や板野郡内など徳島県東部には、源義経ゆかりの地や伝説が

数多く残っています。

 

義経軍が弓の弦を

巻いたという弦巻

坂。小松島市田野町

 一一八五(元暦二)年二月に平家追討のため屋島に向かう義経軍勢が上陸して源氏の白旗

を掲げたという旗山(小松島市芝生町)。山というよりは小高い丘といった感じで、

ジグザグの階段を登り切ると、愛馬にまたがり左手に弓を持った義経の大きなブロンズ像

 が目に飛び込んできます。高さは六・七メートルあり、現存する騎馬像では日本一です。 

 旗山から南へ約二キロ。義経軍が敵の出現を警戒して弓の弦(つる)を張らせたという

弦張坂(田野町)があります。

登り坂が八百メートルほど続いた後、竹林の中を通る下り坂になり、

ほぼ下り終えた所が、敵がいないと分かり弦を巻かせた弦巻坂です。

道端には野の花がまつられた花折地蔵がおられます

近くの四国霊場第十八番・恩山寺の鐘が「ゴォーン、ゴォーン」と聞こえます。

 「弁慶の岩屋」と呼ばれる古墳(芝生町)や、義経軍の道案内をした近藤六親家の居

城・新居見城跡(新居見町)などもあり、どことも案内板や石碑があって迷うことはありません。

  勝浦川を渡って徳島市内に入っても伝説は多くあります義経軍が攻めた熊山城

「丈六町西高木」や、「勝ちを占める」との縁起をかついで武運を祈った勝占神社(勝占町)

昼食をとったという東海寺(北山町)などがあります。

 あづり峠を越えて上八万町、国府町と進み、攻略し大きな戦果を挙げた桜間城跡

(名西郡石井町)を過ぎて吉野川を渡り、休憩したという近藤六親家のかつての

居城・板西城跡(板野郡藍住町)などを経て、四国霊場第三番の金泉寺(板野町)に到着。

 

義経を描いた大きな

絵馬。上板町の大山寺

 阿讃山脈中腹の番外霊場第一番・大山寺(上板町)にも、義経にまつわる伝説が残っ

ています。本堂左側にある「大山縁の神略縁起」には「義経が武運長久を祈願し、戦勝の後に

堂宇を建立して『われのみならず未来永劫(えいごう)の人の願いをも聞きたまえ』と

尊像を奉りました、特に良縁にあらたかで、今も縁結びの守護として広く信仰されている」と書かれています

 その横に一九三七(昭和十二)年七月に奉納された大きな絵馬があり、屋島の合戦

で義経が戦っている姿が、ややくすんできてはいますが、極彩色で描かれています。

「画家で民俗芸能研究家の故・林鼓浪さんの作と伝えられていま

す」 本堂西側には義経愛馬「薄雪」の五輪塔もあります

 義経軍は大坂峠や大山越えなどで讃岐入りしたが、この間わずか一日だったといいます

まさしく疾風のような進撃でした。

            ここでとくに史跡・旗山と義経ドリームロードについてもう少し書いてみます。

 

史跡旗山と源義経騎馬像

  義経軍の士気高めた所

 
 

旗山の八幡神社の参道の横を山頂めざして

ジグザグに付けられた階段を登り詰めると、弓を左手に持ち愛馬にまたがった源義経像が目に飛び込んできます。高さ六・七メートル。騎馬像としては日本一の大きさです。

 この像のある旗山は、源平合戦で義経率いる源氏の軍勢が1185(元暦二)年2月18日に勝浦の尼子ヶ浦「現在の小松島市」に上陸して屋島(香川県)に進軍する際に、源氏の旗である白旗を掲げ、軍勢の士気を高めた所と伝えられている。百五十騎ほどの義経軍は地元・新居見城を居城にしていた近藤六親家の先導で屋島に向かい、平家を奇襲で打ち破りました。

 この時に義経軍のたどった「義経街道」を再現したのがふるさとプロムナード「義経ドリームロード」です。旗山のほか軍勢が勢ぞろいした勢合から新居見城跡、義経くらかけの岩、この付近から勝浦川を渡った中王寺まで、ゆかりの史跡をめぐる十キロのコース。毎年二月中旬には義経軍上陸にちなみ、夢想祭オリエンテーリングが開かれ多くの人たちでにぎわいます。「最近の橋ですが、この途中に源氏橋と名付けられた橋も架かっています。」

           

     弁慶の岩屋


小松島市には源義経に関わる地名がいくつかあります。
義経の軍勢は、わずか150騎程度で、1185年2月18日に摂津(今の大阪市堂島)の渡辺の津から暴風雨をおして船を出し、早朝に小松島市田野町に上陸して熊山城(徳島市丈六町本庄)を破り、あずり越えをして国府に到着し、吉野川をわたり強行軍で屋島へ進軍しました。その一日の通過コースは義経街道と呼ばれ、小松島市内の部分は義経ドリームロードとして案内板を設置しています。(約10kmの工程です)。

義経ドリームロード

1.勢合 (田野町勢合) 義経が、風雨の中、別々に着いた軍船を集めて勢ぞろいした。
2.釈迦庵 (田野町中須)  
3.弦張坂 (田野町中須) 峠の向こうの敵を警戒して弓の弦を張って登った。
4.弦巻坂 (田野町恩山寺谷) 敵兵がいないことを知って矢の弦を巻かせた。
5.旗山 (芝生町宮の前) 兵士の士気を高めるために、小山の山頂に源氏の軍旗(白旗)を揚げた。
6.天馬石 (芝生町宮の前) 名馬磨墨と宇治川先陣争いをした、名馬池月が石に化したとか、馬が天から下りて化石になったとかいう、馬の形をした石が旗山の東北にある。この石を踏むと腹痛をおこすという言い伝えがある。勇気のある人は試してみて下さい。
7.弁慶の岩屋 (芝生町大獄)  
8.新居見城跡 (新居見町東山下) 近藤六親家の居城で、義経が上陸の際戦わずにただちに協力し、手兵三十騎で屋島へ向けて先導した。
9.くらかけの岩 (新居見町山路) 春日神社にある。このあたりで勝浦川をわたる準備をした。
10.中王子神社 (田浦町中西) この付近から勝浦川を渡り、熊山城をせめた。
 

 

香川での義経は別項で。

 

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